風と星と鳥

アイドル(嵐・ジャニーズ)やアイドルでないもの(OLDCODEX・鈴木達央)の観測と短歌

祈りの方角 - アイドル短歌集「3回言えば永遠になる」を購入しました。

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3回言えば永遠になる #アイドル短歌

発行:2021223

著者:風林(@hu_hayashi)さま

A6 100ページ

購入しました。

アイドル短歌を謳った同人誌というものを初めてお見かけしこれはアイドル短歌論をやりたい者として必読だろうと思ったことと、もともと風林さんの短歌が好きだったことから予約開始から秒で申し込みました。ものすごい速さで完売していたので買えてよかったです。即売会での偶然の出会いというものが難しい昨今、BOOTHでの販売のみで即完売となってしまったことはとても惜しいです。ぜひ多くの方に読まれてほしい本なので再販されてほしいなぁ。

 

まず装丁がすてきで、届いて驚いたことですがスピン(紐栞)が付いていました。ゴールドが美しく、たいせつなページに挟んでおきたくなります。

短歌115首に加えエッセイも収録されていました。

 

アイドル短歌は、Twitterハッシュタグ #アイドル短歌 に見られるように、どのアイドルを題材としているものかはっきりしていることや、具体的な名前が付記されていることも多いですが、こちらの本はエッセイ部分に数箇所人名・グループ名が含まれているのみで、基本的には普遍的な「アイドル」を描いている作品が多いと見受けました。

 

アイドル短歌に限らず、特定の具体的なシーンを描きながらそこから生まれる感情が広く読み手の心を刺激する短歌はいい短歌と言えますが、風林さんの短歌は特にモチーフの選びや、そこから想起されるアイドルを応援するなかで抱く感情への訴えかけ方、描き方が巧みで、多くの人の心を掴んでいる要因となっていると思います。

 

好きだとかありがとうとか一文字になればいいのに うちわにするのに

-『どこまでいってもグレーだったら』より

書名の「3回言えば永遠になる」にも表れているように、この本にはほんのささやかなようにも、身を切るような切実な痛みを伴うようにも思える「願い」の描写が数多く登場します。

うちわに収まりきらない文字、うちわに代表される限られた手段でしか思いを伝えるすべをもたないわたしたち。身の内に留めておけない、溢れ出してしまう、しかし言葉を尽くすほど不器用になっていくような想い。

「好き」や「ありがとう」を一文字で伝えられる世界が来たとしても、わたしたちはそれをうちわに乗せるのに、「どんな色にしよう」「うまく形がつくれない」などと悩んだりするんだろうなぁ、とこの歌を読んで思いました。

 

「君がいてくれて良かった」 その君に僕も含まれ 銀河がひとつ

-『星が降った夜』より

気付いたら僕の中に君がいて「俺もそうだ」と言うから困る

-『こころ』より

「担当」という言葉がジャニーズ用語にありますが、わたしはこれを面白いなぁと思っています。「自担」という言葉で区別されてはいるものの、「担当」は「(わたしの)担当(するアイドル)」のことも「(わたしは○○くん)担当」ということも指す言葉であり、わたしとアイドルが切り離せない表裏一体の関係にあるものだということを示しているように思えるから。

○○くんはわたしの生活の一部でありなくてはならないものということと同時に、彼を応援する「わたし」も○○くんを構成する要素の一つとしてその中に溶け込んでいるような。

「君がいてくれて良かった」、の歌を初めて読んだとき、「君」と「僕」が循環しているような不思議な感覚を覚えました。

(短歌の内容としては、いてくれてよかったと言われる「君」になれた「僕」、「君」という星が膨大に集まってできた銀河「僕」はその一粒、というような情景なのかなと後から気づいたのですが)

君に僕が含まれる、僕の中に君がいる、という文字列にファンとアイドルの関係性を読み取ってしまい、勝手に好きになりました。

気付いたら僕の中に、の歌は「担タレ」ですよね(違ったらごめんなさい)。

これに限らず、用語として手軽に通用されている概念を解きほぐして風林さんの言葉で歌に編み上げられているのが良いなぁ、と思います。

 

エッセイと短歌の相互作用

 

わたしは(失礼を承知で言えば)風林さんの短歌のファンであるものの、風林さん自体のファンではないというか、この方をよく知っているというわけではなかったので、この本にエッセイが含まれていることでアイドルに対してどのような温度感、どのような相対し方をしている方なのかということを知れて、エッセイパートの文章の良さもさることながらより短歌を楽しむことができ、いい構成だなと思いました。

 

紙面デザインについて

 

これはぜひ実際の紙面をご覧いただきたいのですが、本の中にはイラストが入っていたり短歌をデザイン化して構成されたページがところどころに配置されていてそれが良いアクセントになっています。

 

恋心  信仰  憧れ  愛おしい  くるしい  似てる感情  検索

-『ブラックホールの輪郭』より

こちらの歌が特に好きです。

しかしながらそういったデザイン的な面白さはごく限られた部分に使われているからとても効果的で、むしろ風林さんの短歌は基本的には音(おん)ですべてが伝わるようになっていて、ルビや漢字ひらがなの閉じ開きなどの表記に頼っていないところが個人的に好きです。

 

アイドル短歌と作者の関係性

 

わたしは、風林さんがNEWSのファンの方であること、なかでも加藤シゲアキさんのファンの方であることは存じていたので、収録されている短歌のなかに、あ、これはNEWS(または加藤さん)を想って詠まれたものだな、と感じとることがありました。

風林さんはフォロワー数も多く、NEWSファンの方であるということはよく知られてい(ると思う)て、購入者は風林さん自体のファンの方が多いだろうということを想像すると、多くは自然にこのような「読み」がなされているだろうと想像できます。

ですが、収録短歌の多くはそんな背景を知っていてもそうでなくとも楽しめるため、風林さんやNEWSのファンの方に限らず、広くアイドルを好きな方、アイドル短歌を好きな方の手にこの本が渡っているといいなぁと思います。

 

アイドル短歌と同人誌

 

わたしは、アイドル短歌界に同人誌(短歌集)の波とネットプリントの波が来て欲しいなあということをずっと言っているのですがそれがなかなか叶わないことのひとつにアイドルの名前を利用した作品を頒布していいのか?という疑問があると思います。

個人的には常識的な使用かつ一定の配慮のもとファン活動の範疇で許容されてほしいという考えがあるのですがこれは別の機会に文章にします。

3回言えば永遠になる」はアイドルの名前を出していないから良い、という話ではないのですが、ヒントになりそうです。

与謝野晶子の短歌はそうと書いていなくともその背景からこれは鉄幹のことを詠んでいるとか弟にむけた歌であるということを読みとくことができます。

風林さんの短歌も、普遍的な感情を歌っているように見えながら、詠み手の背景を知ることでより深くその短歌を鑑賞することができます。

アイドル短歌の詠み手の方々の中でも○○さんはSnowManの方、○○さんはジャニーズWESTの方とそうとは書いていなくとも詠み手の名前を見ればわかるという場合も多くあります。

アイドル短歌に、歌自体だけではなく詠み手の方の背景を含めて鑑賞する素地があれば、特定の名称を添えずともアイドル詠の短歌として31文字の歌だけで勝負することができるようになれば、そこがクリアできればもう少し紙媒体のアイドル短歌集に出会える機会も増えるのではないかと、今回購入した本を読みながら考えていました。

アイドル短歌を詠まれる方は専用のアカウントを作って短歌だけ投稿されている方も多く見られるのですが、詠み手の背景を知りたいなと思うと短歌以外のツイートも読みたいなあと思ってしまいます。それぞれの考え方でしょうが。

3回言えば永遠になる」はエッセイパートがその補助的役割を果たし、しかし直接的な解説文ではない短歌の鑑賞の助けとなる文章としてそれが存在しているという点で、心地よい読書体験につながっていると感じました。

 

祈りの方角

 

星をめざして」や、「Shere」の歌詞"同じ星が今見えるなら"、「星の王子さま」とそのライブ演出内での"愛すること それは見つめあうことではなく 共に同じ方向を見ること"という言葉わたしはNEWSのことを「星」だと思っていて、このブログの名前の一部もそこから付けました。

 

ねえ、僕は君が大好きなんですよ。見つめあうことも十分に愛だと思うけど、君と同じ方向を向いてみたくなるんですよ。

-『3回言えば永遠になる』より

わたしにはもう彼らと同じ星は見えていないけれど、同じ方角を向いて祈った星がこれからも瞬き続けるだろうと確かめることは、勇気とも呼べるような熱をもった感情を胸に呼び起こしてくれます。

 

「ねえあなた、いつからそんな緑が?」と

タンスが鳴くから泣きたい朝だ

-『神聖なるものに自己の全的依存を告白すること』より

メンバーカラーのアイテムが身の回りに増えていく、これもアイドルのファンなら誰もが経験する「あるある」であると言えます。読み手にとっては「緑」じゃなくてもいい。

でも「緑」だったから、「緑」が誰を指しているかわかるから、わたしはこの歌を読んで心臓を刺されたまま立ちすくんでしまいました。

アイドル短歌を読んでいると、自分のことではないのに、同じ星を見た人の言葉が、詠み手の思いが、心臓の驚くほど近くまでやってくることがあります。

この瞬間を味わうために、わたしはアイドル短歌を読み続けているのかもしれません。

 

3回言えば永遠になる」が届いたとき、一緒に手書きのカードが添えてあってとても嬉しかったです。緑色の、きれいなカードでした。

 

添えられたカードがみどり色だった愛した人の目の色だった(鷹野しずか)